銅屋根クロニクル

No.84

「生かし取り」の二重化工法でよみがえった聖獣の屋根
大倉集古館(東京都)

(1/1) ルーフネット 森田喜晴

明治・大正期に財を成し、大倉財閥を創始した大倉喜八郎が長年収集した古美術・典籍類を収蔵・展示するため、邸宅の一角に1917年(大正6年)に財団法人大倉集古館として開館した日本初の私立美術館とされる。開館まもない 1923年(大正12年)、関東大震災によって展示館と一部の展示品を失い、一時休館した。その後伊東忠太の設計により耐震・耐火の中国風の展示館が1927年(昭和2年)大成土木(現:大成建設)の施工で再建、完成した。
1990年(平成2年)には都の歴史的建造物に、1998年(平成10年)には国の登録有形文化財( 建造物)に登録されている。

戦後、敷地内でのホテルオークラ建設にともない、建物の一部が整理解体されたが、建物は伊東忠太の代表作品の一つとして、また日本近代絵画を中心とし、「古今和歌集序」はじめ国宝3件、重文13件、重要美術品44件を含む2500件のコレクションは高く評価されている。

竣工以来50年が経過し老朽化が進むホテルオークラ東京本館のThe Okura Tokyoへの建て替えに伴い、集古館もリニューアルされることになった。工事期間は2016年2月から2019年7月までの42か月。谷口建築設計事務所(谷口吉生)の設計と大成建設の施工で、周りに増築されていた部分を撤去の上で約6m曳家され、免震構造の地下階の増築によって、ロビーやショップ、ホール等が設けられ、2019年(令和元年)9月12日にリニューアルオープンした。

大倉集古館は大きな反りを持った中国風銅板本瓦棒葺き屋根が特徴の昭和初期の貴重な美術館建築である。屋根,外構、内部の各所に伊東忠太の妖怪好みがあふれている。
屋根は、RCスラブ上に鉄骨トラスが寄棟に組まれた銅板本瓦棒葺きで、RCスラブを設けることで、耐火性能が高められている。

改修工事の様子は、2019,2020年の日本建築学会技術報告書の2論文に、詳細に記されている。

屋根工事は2018年7月から11月まで5ヶ月実施され、工法は屋根銅板を既存の緑青銅板を「生かし取り」し、新規銅板を葺いた上に既存緑青銅板をかぶせて戻して二重化する、というもので、「この工法は前例のない試みであり、材料の継続利用が重視される文化財保存修理等に今後採用される可能性がある」としている。

大倉集古館

伊東忠太の屋根は幻獣(聖獣)動物園

伊東忠太の屋根は幻獣(聖獣)動物園。大棟の両端で踏ん張る主役の正吻(せいふん) : 風に対しては大棟をくわえて屋根の飛散防止、火に対しては 尾から水を吹き出し火災を防ぐ。

守りの要の走獣(そうじゅう上)と套獣(とうじゅう下)

守りの要の走獣(そうじゅう上)と套獣(とうじゅう下): 屋根の四方で敵を撃退する。 走獣のツノの先端は、傍吻の暴走を防ぐストッパー兼、領空侵犯を見守るセンサーである。

隅棟を滑走する傍吻(ぼうふん)

隅棟を滑走する傍吻(ぼうふん): 守りだけではない。迎撃戦闘機として迎え撃つのが傍吻。魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する夜になると走獣が支えるカタパルトから、飛び出し一晩中敵と戦うという想像にかられる。

魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する夜になると走獣が支えるカタパルトから、飛び出し一晩中敵と戦うという想像にかられる。

耐久性に加えて天然緑青の美しさ故に採用される銅板屋根では、天然緑青が生成するまでに、通常施工後10年から数10年程を要する。さらに大気汚染,日当たり,雨掛かり、樹木のしたたりなど立地条件によって、緑青発生までの期間や色調は著しく異なり、緑青が発錆するかどうかは予測できない。そこで外観維持が求められる登録文化財の屋根改修では通常の赤銅色の銅板の採用を躊躇し、既存の緑青銅板屋根の保存を求めることが多い。今回も、90年を経た銅板をはがして再利用(生かし取り)し、前例のない銅板屋根の二重化工法を採用するに至ったわけだ。

建築学会技術報告書26巻64号(2020年10月)「大倉集古館銅板屋根の保存改修工事」には、銅板工事の報告が詳しい。曰く、ジョイントのように見える部分は、1枚の板をZ型に折り曲げた「あやめ折り」と呼ばれるひだで、1ユニットは1枚の銅板(長さ 1,212㎜、4尺)に、折り巾10mmのあやめ折りを4ヶ所設けたものだった。あやめ折りの方が、ハゼでつなぐよりも雨漏りのリスクは少なくなる。ユニットごとの上下接続分には30mmの重ねがあるのみである。平板両端部の心木への立上りは、下地モルタルに沿って緩やかな曲面の樋状となっていて、雨水が心木部分から離れスムーズに流れ落ちる。曲面が緩やかなため、銅板に亀裂は発生していなかった。

また二重化工法の意義についても「既存屋根において特筆すべきは、通気・排水への配慮である。下地木材を小さく分割し、野地モルタルにも開口を作って小屋内部の通気経路を確保していた。これらの下地を乾燥しやすくする工夫があったからこそ、 大倉集古館の屋根が90年以上維持できたと考える。既存屋根材生かし取り二重化工法での工夫は、新規平板銅板に切り込みを設けて吊り子とした点、新規瓦棒包みの両端部を裾広がりにし、その下にある新旧平板銅板をつかみやすくした点である」としている。

新規銅板を使用した場合、屋根は緑青色を発錆しない可能性があるため、ここでは既存緑青銅板を保存し継続利用できた意義を強調している。

大倉集古館の正面に立つと、湯島聖堂大成殿が想起される。(日本金属屋根協会ホームページ「銅屋根クロニクル7」参照) で比較してみてください。

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