施工紹介:
大倉集古館の棟を吐く正吻(せいふん)

正倉院のやじろべえ(下り棟の銅板)

どう見ても棟をくわえているようにしか見えないのだが、口から棟を吐いているそうだ。 東京・大倉集古館の屋根の大棟の両端に乗るのは「吻(ふん)」。日本の城の屋根を飾る鯱(シャチ)の原型だ。吻は中国のものだが、そのさらに源流は古代インドの愛の神カーマのシンボルである「摩竭魚(マカラ)」に至るという。

吻とは動物の口先。一般には、目より前方に突出した部分や、昆虫のストロー状の口器など、口またはその周辺から出て伸縮のできる管状の構造物をさす。
設計者の伊東忠太はこの屋根に多くの幻獣たちを据えた。
正吻の頭は獅子、足は龍、尻尾は水流を表わし、その先端は巴になる。巴や水は「気」を表現しており、実は口から吐いているのは、やはり「気」で、それが棟になっている。下り棟の途中に傍吻(ぼうふん)を配し、傍吻の吐く棟はさらに激しく下がり、先端は勢い余って反り返る。先端で四方を睨むのは走獣(そうじゅう)と套獣(とうじゅう)。傍吻の吐く下り棟は走獣の角にも見える。*それぞれの写真は、銅屋根クロニクル84(施工と管理386)参照。

気は英語ではAura(アウラ)、ラテン語ではspiritus(スピリトゥス)。さらギリシア語のpsyche(プシュケー)、pneuma(プネウマ)も同じ、またヨガでおなじみのサンスクリットのprana(プラーナ)も同じく、生命力や聖なるものとして捉えられた気息、息の概念とつながる、とウィ「気」ペディアはいう。
日本語では、精神的用法が多い。元気、気分、雰囲気、気になる、気をつける、気を使う、気が付く、気に障る、気が散る、気をやる、気合い、など。大倉集古館の傍吻の振舞などはまさに「気をやる」を想像させるではないか。

協会機関誌「施工と管理」連載中の銅屋根クロニクルでは、これまで伊東忠太の屋根を、築地本願寺(3)、西本願寺伝道院(17)、湯島聖堂(7.8)、虎ノ門金毘羅宮(49)、そして大倉集古館(84)の5件紹介している。

これは湯島聖堂の吻。ここでは鬼犾頭(きぎんとう)とよばれる。通常虎頭魚尾だが、ここでは外向きに置かれ、頭から水を噴き上げている。鬼犾頭は想像上の魚神。水の神として屋根の頂上にあって火を防ぐ。

大成殿内部に置かれた銅鋳物の鬼犾頭(きぎんとう)。左637.5㎏と鬼龍子(きりゅうし)右93.5㎏。関東大震災で罹災し焼け落ちた。
伊東忠太は、これらを参考に、さらに「儒学の殿堂たる聖堂の附属物もそれに相応しいものでなければならない」として当代随一の古建築の研究成果に妖怪好き、漫画好きの遊び心をブレンドし霊獣たちを作り出した。

写真・文 JWHA 日本防水の歴史研究会

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